遊里・遊廓としての形成
新潟市十四番町(北廓)遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
新潟 / 新潟市 十四番町
歴史資料・現地写真アーカイブ
新潟は信濃川の河口に開かれた国際港湾都市である。その港町としての始まりは1655年(明暦元年)で、白山神社から南北約2.1km、東西約500mの細長い形で町割りがなされた。信濃川から水を引き込み東堀、西堀(現在通り)を初めとした水路が整備されるなど、町は徐々に拡大整備された。1843年幕府直轄領となり、1858年日米修好通商条約により5港の一つとして開港された。 広小路から下流にかけては下町と呼ばれ主に明治期以降に形成されたという。新潟は空襲を免れているものの幾度の大火や1964年の新潟地震で被災しており、下町エリアのそこここに古い町家や伝統的な町角に出会うことができる。ただし、連続する町並みが残っているわけではないので、点と点を結ぶことによってかつての新潟下町の町並みを想像するしかない。
写真・本文出典: 集落町並みWalker「遊里を歩く」
新潟市十四番町(北廓)遊郭周辺は、地域の交通、港町、宿場、温泉、都市形成と結びつきながら遊里・遊廓として記録された場所です。
数値は『全国遊廓案内』だけに限定せず、収集済みの現地記録・歴史資料本文から確認できた最大値を掲載しています。未載の地点は今後、一次資料と照合して補完します。
戦災、売春防止法全面施行、都市再開発、住宅地化、商業地化によって、多くの地区では旧制度の痕跡が地名、街路、建築意匠として断片的に残っています。
14点を撮影・記録日順に表示
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